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教養書のすすめ

-読書でより良い人生を生きるために-

構造に組み込まれた私たち――『寝ながら学べる構造主義』

 それまでの人生において、確固たる私自身、何ものにも揺らぐことのない自己というものが自分の内にあるはずだ、という思いにずっと囚われていた私を解放してくれたものがあるとすれば、それは構造主義という思想である。内田樹氏の『寝ながら学べる構造主義』は、構造主義について平易な文章で解説してくれたというだけでなく、それが私たちの生活に密接にかかわっていることを教えてくれた本でもある。


 構造主義という思想を確立する基礎となったマルクスフロイトニーチェ、「構造主義の父」たるソシュール、そして著者が構造主義の「四銃士」と呼ぶフーコー、バルト、レヴィ=ストロースラカンといった哲学者たちを引き合いに、いっけんすると難解に思える構造主義を順序だてて語っていくこの本は、同時に現代思想の入門書という位置づけでもあり、それは言ってみれば現代思想の中心が構造主義であることを示している。そして構造主義というものについて、私なりの解釈を与えてみるなら「まぎれもない自分なんてものは存在しない」ということに尽きる。


 構造主義とは、私たち人間を形成するあらゆるものが、私たちが本来的にもっているものではなく、じつはその外側にある「構造」によって多大な影響を受けた結果でしかない、ということを認識し、それを深く掘り下げていくことを基本とする。これはたしかに自分が感じたことであり、自分で判断したことだと思っていても、それは確たる自分の内側から沸いて出てきたものではなく、私たちの置かれている環境や文化、時代や言語といったさまざまな要素によってそんなふうに思い込まされている――それはある意味で、これまでの自分自身を崩壊させるようなラディカルな思考なのだが、逆に自分というものを知るための手がかりは自分の外側にあるということであり、それは自分と世界との関係性をより密なものとすることにつながるはずだという思いがある。


 それは、自分を表現するのに輪郭を描くか、それとも自分以外の部分を塗りつぶしていくか、という違いによく似ている。発想は異なるが、やっていることは同じだ。そして本当に大切なのは、あまりにあたり前すぎて意識することさえない「構造」をいかに意識していくか、ということでもある。なかなか難しいことではあるが、そうやって自分というものを知っていくしかない、ということをこの本から教わったように思う。