教養書のすすめ

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老人が狙われる本当の理由――『老人喰い』

 オレオレ詐欺還付金詐欺など、いわゆる「特殊詐欺」のターゲットとなるのが高齢者であるという事実は、よくよく考えればとくに不思議なことではない。今の時代、一番お金を持っているのが高齢者であることは事実であり、じっさいにビジネスの世界では、お年寄りの貯蓄をいかに引き出すような商品やサービスを考えるのかに腐心しているし、政治家もまた、自身の得票数を伸ばすため、老人に有利な政策を打ち出すという流れが固定してしまっている。

 それでなくとも、日本は「超」がつくほどの高齢化社会へと突入してしまっている。資本主義がいまだ台頭する経済社会で、誰も彼もが多かれ少なかれ高齢者のもつ資本に目を向けずにはいられないのが現状であるが、ただそれだけの理由であれば、他にもお金を持つターゲットはいるはずである。鈴木大介氏の『老人喰い』という本によれば、平成二五年の特殊詐欺全体における被害者の約八割が、六十歳以上の高齢者であるということだが、このある意味で異常とも言える割合が物語っているものが何なのか、特殊詐欺を行なう若者たちの実態に迫ったこの本を読んでいくと垣間見えてくる。

  それは言うまでもなく、高齢化社会がもたらしてしまった、あまりにも大きな世代格差の闇である。努力しても報われることがあまりにも少ない現代の若者たちにとって、かつてないほど拡大した経済格差の先端にいる富める高齢者は、あまりにも遠すぎてもはや「自分と同じ人間」として想像できないほどの隔たりを生み出してしまった、ということに尽きる。

 そう、この本は、いかに老人を詐欺から守るのかを書いた、いわゆるハウツー本などではない。老人をターゲットにした詐欺はけっしてなくならない、という宣言であり、また老人と若者の、どちらが本当の「弱者」であるのかを世に問う本でもある。

 この本に書かれている詐欺集団は、まるでひとつの企業であるかのごとく高度に組織化され、詐欺のプレイヤーたちのモチベーションは驚くほど高く、また「報酬」や「福利厚生」についても充実している。そしてじっさい、彼らがやっている詐欺行為は、それが「犯罪」であるという事実を除けば、どこの企業でも多かれ少なかれ考えられ、実行されていることとまったくと言っていいほど変わりがない。ただ、高齢者を騙して金を巻き上げること――ただその一点のみに、あらゆる知恵と、尋常ではない集中力と努力をつぎ込み続ける彼らのそのエネルギーは、もし「努力が報われる」かつての時代に生かされていれば、大きな活躍をしていたに違いないほどのものがある、とこの本では語る。

 逆に言えば、上昇志向の高い若者たちのエネルギーが、特殊詐欺の方向にしか発揮できないという社会そのものが、日本の抱える大きな問題ということでもある。

 

いわば彼らは、「経済的ゲリラ」。民衆の貧困など素知らぬ顔の貴族階級に刃を向けた中世の民衆と全く同じルサンチマンを胸に、老人喰いを率先して行う。(『老人喰い』より)

 

 

 日本における経済格差や貧困の問題は、たしかに存在する。それは、湯浅誠氏の『反貧困』においても指摘されていた事実である。そしてその格差が、特殊詐欺という高度に先鋭化した犯罪行為という形で噴出しているという事実に、私たちはあらためて目を向けなければならない。今も、将来もパンの耳しか食べられないという若者たちの諦念が、「老人喰い」という形で、自身の極めて有能な才能をも喰いつぶしていく――それはまるで、自分で自分の体を食らうかのような、異常な社会のあげる断末魔のように思えてならないのだ。