教養書のすすめ

-読書でより良い人生を生きるために-

交響するコミューンという社会――『社会学入門』

  たった一度しかない自分の人生において、否応なく付き合っていかなければならないものとして、自分自身と人間社会のふたつがある。人生をより良いものとしたいという命題を掘り下げていくと、どうしても自分自身のことだけでなく、社会のことにも目を向けざるを得ないという結論に達する。見田宗介氏の『社会学入門』という本を手にとったのは、そうした疑問を解消する手がかりになればという思いがあったのだが、著者の捉える個と社会との関係――本書の言葉を借りるなら、「関係としての人間の学」の、その範囲の広さにまずは驚かされる。


 比較社会学を専攻とする著者は、仕事柄、どうしてもさまざまな国や地域に足を運ぶのだが、そうしたワールドワイドに物事を比較するその透徹した視線は、日本のなかで暮らしているだけではけっして見えてこない多くの問題を浮き彫りにしていく。人間社会のあるべき形は、けっしてひとつと決まっているわけではない――それはよくよく考えれば当然ではあるのだが、ひとつの社会、ひとつの組織に縛られがちなところのある私にとって、ある種の救いにもなっている。


 たとえば日本では、電車やバスが時刻表どおりに運行しているのが当然だと思っている。だが世界を見渡してみれば、むしろ運行が何時間も遅れたり、運休になったりするほうが普通であって、またそれを当然と受け入れている人たちがいることに気づく。そして、彼らはなんと無駄な時間を過ごしているのだろう、とつい考えてしまうのだが、著者はその「無駄」というものに注目する。それはその人たちにとって本当に無駄なのか、むしろそれは、日本人が長らく忘れ、また捨て去ってしまった、人間として本当に大切な「何か」なのではないか、と考えるのだ。


 目に見えないもの、触れることのできないものに、価値を見いだすのは難しい。とくに資本主義がなお席巻する現代社会において、お金をはじめとする物質的豊かさこそがすべてだと思いがちであるが、同時にそんな世のなかにどこか倦み疲れている自分がいることも知っている。今、人間社会において何が問題となっているのか、そしてその解決方法――誰もが幸福になれるような社会のありようは、はたして存在しえるのか、という命題に、もっとも肉薄している入門書だろう。