教養書のすすめ

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民主主義って、そもそも何なのか――『来るべき民主主義』

 ネットとかで「日本は民主主義ではない」といった主張を見かけるたびに、「じゃあ民主主義ってなんなんだよ」という疑問が生まれ、一時期は民主主義に関する教養書を何冊か読み漁っていたことがある。結果としては、わかったようなよくわからないような感じではあったのだが、日本という国がかかげる「民主主義」に対するそこはかとない違和感について、もっとも核心に迫っているのではないかと思えたのが、國分功一郎氏の『来るべき民主主義』という本だ。


小平市都道328号線と近代政治哲学の諸問題」という、なんとも長いサブタイトルのついたこの本の著者もまた、民主主義とは何なのかという疑問にぶち当たった人だが、そのきっかけとなったのが、小平市玉川上水を貫通する道路工事建設計画である。人びとの憩いの場となっている玉川上水の雑木林が、用途もよくわからないような道路工事によって取り除かれてしまうことに、住民の多くは反対しているにもかかわらず、行政側は「すでに決定したこと」として計画を勝手に進めていこうとする。民主主義の主権は民衆にあるはずなのに、その民衆の意見がなぜ反映されないのか、という疑問は、最終的には住民直接請求による住民投票で工事の是非を問うという形にまで発展したが、この小さな住民運動を起点として、今の日本の民主主義、しいては民主主義というイデオロギーのかかえる構造的欠陥をあきらかにしていくというのがこの本の流れである。


 私たちにとって民主主義をもっとも実感することができるのは、選挙に投票に行くときだが、逆に言えばそれくらいしかない、という点こそが問題だ。自分の一票が、国の政治を良くしているという感覚を、自分もふくめていったいどれくらいの人が持ちえているだろうか。じつは「政治」は決定機関であって、それを施行するのは「行政」の担当である。そして上の問題でいうなら、道路工事を施工する行政側は、たんに政治で決められたことを粛々と実行していくという立場でしかないのだが、この体質が問題の一端だと著者は主張する。そして私たち民衆が、「政治」ではなく「行政」に介入する手段がほとんどない、という事実も、同時に浮き彫りになってくる。


 この本を読んで見えてくるのは、民主主義という制度はまだ未完成なものだということだ。だが同時に、もし完成してしまったら、それはもはや民主主義とは言えないものとなる、という矛盾した性質をもつものでもある。けっして完成することはない制度を、それでも完成することを目指して思考し、行動し続けること、それこそが「民主主義」の真のあり方であると著者は主張するし、私もそう思う。