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教養書のすすめ

-読書でより良い人生を生きるために-

お話をじっくり読むことの大切さ――『物語が生きる力を育てる』

教養書紹介

 物語とはどういうものか、物語が人間にどのような影響をおよぼすものなのか、という命題については、それまで小説をはじめとするさまざまな物語と接してきた私にとっては、けっして避けることのできないもののひとつとなっているが、脇明子氏の『物語が生きる力を育てる』を読んだときに驚いたのは、著者が子どもたちの成長において、物語の力をただ賛美しているわけではない、という点だった。著者にとって、子どもの健全な成長に必要なのは、むしろ「実体験」のほうであり、読書や読み聞かせによる物語の効能は、あくまで間接的な体験――実体験を補完するものにすぎないものだという姿勢を明確にしている。


 「実体験」とは、周囲の環境や多くの他者からさまざまな五感への刺激を受け、対人関係や言葉の力を磨き、また自身の感情体験を豊かなものにしつつ、それをコントロールする術を身につけていくことである。この本のエピソードでとりわけ印象深いのは、著者が最近の児童向けファンタジーを読んだときに、筋の通らない点や矛盾の多さが気になって最後まで読めなかったということを受けて、最近の物語はとにかく思考力を使わなくても読めてしまうような、いわゆる速読向けのものとなっていると語るところである。


 とにかくたくさんの本を読めばいい、という指導は、本を売る側にとっては「良いお客様」ではあるが、子どもの教育という点では、けっして良いことではない――著者はそうした、物語の悪い面も視野に入れながら、それでもなお、絵本や児童書をつうじて物語と接していくことの大切を指摘しており、それゆえにこの本は充分な説得力をもつものとなっている。


 たとえば、この本で紹介されている絵本や児童書のなかには、こと読み手の喜怒哀楽といった感情を強く刺激するものが多く挙げられている。物語のなかで主人公が、つらい目にあったり、あるいは意地悪なことをされて悔しい思いをしたりといった出来事に遭遇したとき、それを読む人の心にも、なんともやりきれない思いが生まれてくる。それは、たしかに直接自分が体験したことではないのかもしれないが、それでもそんなふうに物語に感情移入して、感情を揺さぶられるという間接的な体験は、むしろ現代という時代を生きる子どもたちにとってこそ大切なものではないか、とこの本では指摘する。


 なぜなら、昔であればまだ、外に出れば多くの自然が残っており、それが子どもたちの実体験をおおいに刺激する要素となっていたが、今の都会に生きる子どもに、そうした要素はなかなか望めないものとなっているからだ。むしろ彼らの周囲には、著者の言うところの「不快感情除去マシーン」と呼ばれるゲームや漫画、テレビといったものが溢れており、心のなかに浮かぶ負の感情を容易に取り除いてくれるような環境が整っているという現状がある。


 もちろん、親しい人の死などといった体験は、たしかに大切なものではあるのかもしれないが、そうそう何度も実体験できるものではないし、またそうすべきでもないと思う。だが、これが物語の世界であれば、間接的にではあれ追体験という形で経験することができる。何かと接したり、誰かとかかわったりすることで生じるさまざまな感情を知り、それを自分のなかで昇華していく、というのは、本来であれば人間としての生きる力となる重要なものである。物語というのは、何よりそうした生きる力をはぐくむためのものだという強い思いが、この本にはある。