教養書のすすめ

-読書でより良い人生を生きるために-

男女の違いを科学する――『科学でわかる男と女の心と脳』

 私のこれまでの人生において、およそ仕事においても、またプライベートにおいても、女性と付き合っていると、しばしば不可解というか、何を考えているのかよくわからなくなるようなことが、少なくとも男同士のつきあいと比べて感じることが多かった。そのたびに、「これだから女ってのは……」なんてことを心のなかでこっそり思ったりしていたものの、単純に「女だから」というひと言で片づけてしまうのも、それはそれですっきりとしない感覚があるのも事実である。


 人間というものの性質や言動を理解するのに、一度「人間」という特殊な枠から離れて、動物の一種であることを前提に考えたほうが、その本質を捉えやすいと看破したのは、生物学者の本川達雄氏である。麻生一枝氏の著した『科学でわかる男と女の心と脳』は、それを「男女の違い」という観点でとらえたものだ。そもそもなぜ人間は「男」と「女」という性差があるのか――それを突きつめていくと、動物としての「オス」と「メス」の違いとなり、さらには生殖能力の違い、精子卵子という因子の違いにまで行き着くことになるのだが、まさにそこから出発したうえで、「男はなぜ若い子が好きか?」「女はなぜ金持ちが好きか?」というサブタイトルについて考察しようと試みている。


 この本の基本は、チャールズ・ダーウィンの提唱した「自然淘汰による進化」という考えを、人間の性質や言動にもあてはめてみようというものだ。ここで言うところの「自然淘汰による進化」とは、言うなれば「生存競争」ということになるが、著者自身も指摘しているように、これは異なる種同士の生存競争ではない。競争の対象となるのは、あくまで同種間におけるもので、ようするに「子残し競争」だ。


 いかにライバルを蹴落として、自分の子孫をできるだけ多く、未来へと残していけるのか――これは、人類がまだヒトであった時代から延々と繰り返してきたことであり、またそうであるがゆえに、そうした生存競争の本能は、少しばかり利口になったところでなかなか払拭できるものではない。むしろ、そうした本能的な部分を前提として物事を考えたほうが、まだ男女のあいだでの付き合いがうまくいくのではないか、というのがこの本の趣旨である。


 むろん、私たちには個性というものがあり、それは人間にかぎらず哺乳類の個体においても見受けられるものだが、逆に「個性」として片づけられない問題もある。それが性同一障害や同性愛にかんする問題であるが、この本が画期的なのは、そうした問題についても、ある程度の科学的見解を紹介している点だ。つまり著者にとっての性別とは、たんに身体的なもの、生殖器の違いによるものだけではなく、脳の性差についても考慮すべきだということを指摘しているのである。


 遺伝子の性差と体の性差、そして脳の性差――最近の生物学の研究において、これらの性分化には微妙なズレがあることがわかっている。個体をオス化するのは男性ホルモンの役割であるが、そのホルモンの影響を受ける時期が何らかの理由で遅れたり早まったりすることで、体と脳の性差が一致しない個体が誕生することがある。性同一障害や同性愛は、こうした生物学的な要因が絡んでいることもある、というのは、感情的な問題はともかくとして、少なくとも知識として知っておいたほうがいいだろう。もしかしたら将来、心と体の性差が一般的となることで、「男」「女」以外のさまざまな性の名称が生まれてくることだって、まったくありえないとは言えないのだから。