教養書のすすめ

-読書でより良い人生を生きるために-

無限に富を増やすことの限界――『資本主義の終焉と歴史の危機』

 教養書を読んでいると、いろいろな書き手たちが、扱うテーマこそ違うが共通して訴えていることが見えてくる。その最たるものが、資本主義という制度がもはや限界を迎えている、というものである。より具体的な表現で言うなら、金儲け一辺倒なやり方に、人びとの大半は倦み疲れているし、そのやり方に疑問を抱きつつある、ということだ。


 右肩上がりの経済成長など、もはやありえないことを、私たちは心のどこかで認識している。にもかかわらず、国や経済は今もなお、経済成長こそが最善という方針をあらためないし、それ以外のやり方を知らないように見える。水野和夫氏が著した『資本主義の終焉と歴史の危機』は、そんな誰もが思っていながらも、なかなか言葉にできなかったことを、わかりやすく的確な表現で説明してくれている本である。


 著者が目をつけたのは、銀行に預けた預金に対する利子率の低下、日本でも長く続く金融の超低金利時代である。この傾向が日本だけでなく、世界じゅうの先進国で共通して起こっていること、そして、かつて封建制が崩壊して資本主義へと経済システムが移行していった十六世紀のイタリアでも、同じようなことが起こっていたことを指摘したうえで、現代においても資本主義というシステムが崩壊の危機に直面しているのではないか、と推測している。


 資本主義を「強欲な資本の自己増殖システム」ととらえるこの本では、資本主義のシステムを「周辺」から「中央」へと資本を吸い上げ続けるものと定義する。植民地時代において、「周辺」とは海を隔てた貧しい植民地だった。だが、その植民地だった国々が独立し、先進国となることを目指して経済成長を遂げつつある現代において、「周辺」は植民地から同じ国に住む貧困層へと移りつつある。そしてこの説明は、たとえば二十一世紀における好景気が、景気が良いと言われながら、その恩恵が私たちにはさっぱり感じられない理由にもなっている。


 この本を読む以前から、あるいは薄々感じていたことかもしれないが、私たちがこれまで日本という国の国民として享受してきた経済的な豊かさは、たんに「周囲」から富を吸い上げてきた結果でしかなかった。私たちの裕福は、見えない他者の貧困の上に成り立っているものだった。そして地球の資源を巨大な「資本」と考えたとき、それは無限ではなく有限のものであるという事実に、私たちはいいかげん目を向けるべき時期にある。