教養書のすすめ

-読書でより良い人生を生きるために-

資本主義への究極の反逆――『ぼくはお金を使わずに生きることにした』

 お金とは便利なものだ。お金さえ持っていれば、世の中の大抵のものはそれと交換で手に入れることができる。少なくとも物々交換よりは効率のいい仕組みなのは間違いない。だが同時に、お金とはあくまで「約束事」であって、貨幣や紙幣そのものに価値があるわけではない。


『ぼくはお金を使わずに生きることにした』という本のを書いたマーク・ボイル氏は、一年間いっさいの金銭の授受をしないで生きるという実験を自身に課した人である(ちなみにこの本では、一年経った後も現状を維持することを宣言している)。この本のタイトルにすこぶる心を惹かれたのは、はたしてお金がまったくなくても生きていけるものなのか、ということに大きな興味があったからだ。もし本当に、貨幣という制度に頼らなくても生きていけるのなら、たとえば莫大な借金を抱えたり、会社が倒産してお金を得る手段を失ったりといった理由で人が自殺するようなこともなくなるに違いないし、金を稼ぐということにあくせくすることだってなくなる。それはそれで素晴らしいことに違いない。


 結論から先に言うと、著者はたしかにお金に頼ることなく生きていくことに成功した。だがそれは、貨幣の代わりとなる人脈を築くだけの手腕があったからこそ可能になったことだと私は思っている。著者はとにかく多くの人とのつながりを持っているし、またつながることをまったく厭わない。そしてそれは、著者の実験における生命線だ。だからこそ、たとえお金を使わない生活に入っても、ネットにつながるための環境だけは手放さなかった。そして同時に思うのは、お金というのはなにも物品やサービスを買うためだけに使われるのではない、ということだ。ときに面倒な人とのコミュニケーションを避けるために、お金を使うというのもあるのではないか。


 もっとも、著者のお金に対するある種の嫌悪感――お金という、じっさいには何の実もないものをひたすら集め、また消費することを人びとに化す資本主義に対する嫌悪感は、私も共感するところがあった。有限である地球の資源を「お金」に変えるという行為に邁進する私たち人間は、たしかにこのうえなくグロテスクだ。こうした地球規模の想像力をどれだけリアルに感じられるかで、この本に対する評価も変わってくるのだろう。