教養書のすすめ

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次元の壁を超えていく数学――『無限と連続』

 数学の世界は突きつめていくと、人間の想像力をとことんまで試すようなところがある。たとえば数字のゼロは、何もないことを表わす数字だが、よくよく考えると「何もない」ことをなぜ数字で表すことができるのか、これほどの疑問も他にない。遠山啓氏の『無限と連続』は、現代数学の論理をわかりやすく解説した教養書だが、同時に数学の世界の難しさが、三次元という空間把握に慣れ親しんでいることから生じていることを指摘する本でもある。


 数学には、しばしば三次元的な思考では説明のつかない抽象性をもつものが出てくる。たとえば、すべての自然数の集合Mも、すべての分数の集合M’も、その計数は無限大となるが、そうなった瞬間に、MとM’のあいだに大小関係がなくなるという、ちょっとわけのわからない公式が成立してしまう。それは論理的には正しいのだろうが、肉体という三次元に囚われてしまっている私たちには、まさに四次元の世界の出来事のように思えてしまう。ごく普通に考えて、自然数と分数とでは、自然数のほうが大きいに決まっている。それが集合となった瞬間に、なぜ大小関係がなくなってしまうのか?


 数学の発想は、私たちに三次元の常識を突き破ることを要求する。数という、きわめて現実的なものを扱っているにもかかわらず、同時に無限大や虚数といったきわめて抽象的な概念についても、記号化することで同じ土俵に上げることができるのが数学の難しさであり、同時に面白さでもある。そう、数学の世界であれば、四次元どころか五次元、六次元の世界であっても表現することができるのだ。それはある意味で凄いことであるし、人間の想像力のとてつもなさ、可能性の高さを感じさせるものでもある。


 私にはけっこう難解な教養書だったが、それでも私たちが知らないうちに陥ってしまう思考の構造――三次元で物事を捉えようとする思考の陥穽に気づくことができたというだけでも、読んでよかったと思える本だった。それにしても、すぐれた数学者の頭のなかには、どんな想像を絶する「世界」が広がっているのだろうか。