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教養書のすすめ

-読書でより良い人生を生きるために-

知識を得るための読書について

教養書雑記

 教養書を読みたい――そんなふうに思うようになったのは、いつぐらいからだろう。

 人がなぜ本を読むのかと考えたとき、おそらくふたりの理由があると思われる。ひとつは「娯楽」のための読書、小説のなかに書かれた物語に没入して、ほんの一時であれ不条理で理不尽な現実を忘れるため、あるいは高尚な文学作品を深く味わうために本を読むというものだ。だが、それ以上に人は「知識を求める」ためにも本を必要とする。

 私たちにとって知らないということ、未知のものというのは恐怖の対象である。そして、どうにかしてその未知のものを既知のものへと置き換えたいと願う。前者が贅沢であるとすれば、後者は困窮と言い換えることもできる。人は知らないことに遭遇したとき、そしてそれを克服したいと望むとき、その解決方法のひとつとして知識の集積物たる本を求めずにはいられなくなるのだ。

 私はずっと以前から本を読むのが好きで、文学作品はもちろんのことミステリやSF、ファンタジーなど、およそ「小説」と括られるものは好き嫌いなく読んできたが、同時に私のよく知らないこと、これまで知らないままでいたさまざまな知識に触れたいという欲求が強くなってきていた。そして気がつくと、いろいろな教養書を手にとるようになっていた。それは前述のとおり、娯楽としての読書とは違うのかもしれないが、それでもこれまで知らなかった事柄が既知のものとして心を満たしていくというのは、これはこれで楽しい感覚でもある。

 まあ、なかには「教養書」と呼んでいいものかどうか、という本もあったりするのだが、このブログでは今後、これまで私が読んできた、私が勝手に「教養書」と認めたおすすめの本を紹介していきたいと思う。そして、そうした数々の知識が、いつか自身のたった一度きりの人生を、より豊かなものにしてくれることを願ってやまない。